AI文章

背景

最近、業務の中でAIによって書かれた文章を見かけることが増えた。 メールやSlackの返信、GitHubへのレビューコメントなど、用途はさまざまだ。

AIを使えば、短時間で整った文章を書ける。誤字脱字が減り、見た目は完成度の高い文章になる。 これらは主に書き手にとってのメリットだ。

では、読み手にとってはどうだろうか?

筆者は、AI文章の中には、読み手の認知負荷を上げたり、書き手への信頼を下げたりするものがあると感じている。 こうした文章は、以下の記事で説明されている「Workslop」という概念に近い。

もちろん、すべてのAI文章が悪いわけではない。問題なのは、読み手に負担をかけるAI文章である。

認知負荷の増大

AIに文章を書かせると、長くなりがちだ。 しかし、人間同士のコミュニケーションはそうはなっていない。すでに共有している前提は積極的に省略し、 短い文章でスムーズにコミュニケーションをとるようにしているはずだ。

長いAI文章は読み手の負担を増やす。文章を読むのに時間がかかるだけでなく、本当に伝えたいことがどこにあるのかが見えにくくなる。 さらに、AIが補った文章が混じると、どこまでが書き手自身の理解や判断なのかもわかりにくくなる。

信頼低下

あなたは、AIで書いた成果物に責任を持てるだろうか。

例えば、ある人がAIを使って設計書を書いたとする。 その設計書はよく整理されており、一見すると完成度も高い。 しかし、実装の段階で本人が設計の意図や要件を十分に説明できなかったらどうだろうか。設計書のクオリティは高かったのに、実装時に手戻りが たくさん発生してしまったらどうだろうか。

読み手は、成果物の質だけでなく、書き手がそれを本当に理解しているのかを気にするようになる。 AIによって文章が整っていればいるほど、「これは本人が理解しているのか、AIが整えただけなのか」を考えてしまう。

知人から、上司からの指示やフィードバックが明らかにAI文章であったため、その上司を信頼しにくくなったという話を聞いた。 もっともらしい文章が返ってきても、そこに本人自身の判断や責任がなければ、受け手は書き手のことを徐々に信頼しにくくなる。

まとめ

AIを使うこと自体が問題ではない。大切なのは、読み手の負担に配慮できているか、自分の成果物として責任を持てるかだ。